大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和63年(行ウ)8号 判決 1988年10月07日

福岡県田川郡金田町大字金田一一三四番地の六

原告

長野マスエ

右訴訟代理人弁護士

江上武幸

北九州市若松区白山一丁目二番三号

被告

若松税務署長

野口辰郎

右指定代理人

永松健幹

山田和武

坂井隆彰

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和六二年一月一六日若酒第一号をもつてなした酒類販売業相続申告不受理処分は違法であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前

主文同旨

2  本案

一 原告の請求を却下する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張した事実

一  請求原因

1  原告は、昭和六一年二月五日に死亡した訴外長野友行(以下、亡友行という。)の妻であり、かつ包括受遺者である。

2  原告は、被告に対し、亡友行の有していた全酒類小売販売免許(販売所の所在地・福岡県遠賀郡岡垣町大字黒字大浦一一七〇-一二六)(以下、本件免許という。)について、相続申告をしたが、被告は、右申告について受理の処分をせず、昭和六二年一月一六日若酒第一号をもつて申告書類を原告に返戻した。

3  被告が、原告の申告書類を返戻した理由は、酒税法一九条、同法施行令一八条二項は、相続にかかる酒類販売業を営もうとする相続人が二人以上あるときは、それらの相続人は連署して相続申告書を提出する必要がある旨規定しているところ、亡友行には、原告を含め五名の相続人がおり、これらのうち、訴外長野博行、同長野節子及び同川上満智子の三名(以下、訴外人らという。)は、被告に対し、相続放棄をしない旨の意思表示をしているにもかかわらず、原告は、訴外人らの連署のある申告書を提出しない、というにある。

4  しかし、酒税法一九条は、被相続人の営んでいた酒類販売業の企業総体としての価値を保護するという観点から、相続人が一定の手続きをとつたときには、その相続人が欠格事由に該当しないかぎり、その者が被相続人の受けていた酒類の販売業免許を受けたものとみなすと定めており、要するに酒類販売業免許に通常の財産権と同様の被相続性を認める趣旨の規定であり、同法施行令一八条は、右規定を承けて、相続申告の細則を定めるにすぎないものであり、同条二項は、酒類販売業を相続しようとする相続人が複数ある場合には、これらの者の連署を要する旨定めてはいるものの、同法一九条の趣旨に鑑みれ、本件原告のように、被相続人の全財産について包括遺贈を受けた者については右施行令一八条二項の適用はないというべきであり、仮にそうでないとしても、訴外人らは、現在、原告とは連署をしないとの態度をあらわにしており、原告は、将来にわたつて、連署のある申告書を提出できる見込みはなく、右施行令一八条二項は、このような場合にまで連署を要求する趣旨とは解されない。また、原告は、何らの欠格事由にも該当しない。

従つて、被告が原告の相続申告を受理しなければならないことは、法律上、一義的に明確である。

5  しかし、被告は、右3の見解を変えようとせず、将来、原告が訴外人らの連署のない申告書を提出しても、これを受理しないことが明らかである。

他方、原告は、他に適切な救済を得る手段を有しない。よつて、原告は、無名抗告訴訟として、被告が原告の本件免許相続申告を受理しないことは違法であることを確認する憲法宣言判決を、被告の処分に先だつて求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の事実のうち、原告が訴外人らの連署を得ることができないとの事実は知らない。

三  被告の本案前の主張

原告の本件訴えは、原告が、将来、被告に対して提出する酒類販売業相続申告書について、被告がこれを受理しないことを慮つて、事前に、不受理処分が違法である旨の確認を求める、いわゆる予防訴訟とよばれる類型の無名抗告訴訟であると解されるが、請求の趣旨は右訴訟形式に沿わないものであり、またこのような類型の訴訟が許容されるかどうかということについては、法律の解釈上疑義があり、仮に許容されるとしても、その要件として、将来の不受理処分の確実性及び事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情の存在が必要とされると解すべきである。しかるに、現時点で将来不受理処分がなされることが確実であるとはいえず、不受理処分をまつてその取消訴訟を提起するという事後的救済手段によつたのでは回復しがたい重大な権利侵害が生ずるとは認められないので右特段の事情も存在せず、本件訴えは不適法である。

第三証拠

一  原告

1  甲第一号証、第二号証の一ないし二一、第三号証、第四号証の一、二

理由

一  原告の主張によれば、本件訴えは、その請求の趣旨はともかくとして、行政処分が行われる前にその違法であることの確認を求める、いわゆる予防訴訟とよばれる類型の無名抗告訴訟と解されるところ、このような類型の訴訟は、事後的救済を原則とする現行行政事件訴訟法の下では、違法な行政処分のなされる確実性及びその内容ないし性質、当該行政処分によつて侵害を受ける権利の性質及びその侵害の程度等に照らし、右行政処分を受けてからこれに関する訴訟の中で事後的に処分の当否を争つたのでは回復しがたい重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情のないかぎり、許容されないものと解すべきである(最高裁判所第一小法廷昭和四七年一一月三〇日判決民集二六巻九号一七四六頁参照)。

二  そこで、右特段の事情の存否について判断するに、原告としては、被告が、将来、原告の本件免許相続申告について、書類不備等を理由に何らの処分を行わないのであれば、不作為の違法確認訴訟を提起することが可能であり、不受理処分をしたとしても、その段階において、右不受理処分について取消訴訟を提起することができるのであるから、事後的な権利救済手続きに欠けるところはない。

しかして、酒類販売業免許相続申告が受理されない間に原告が被るべき損害は、結局のところ、酒類販売業を営めないことによる財産的損害にとどまるものと思料されるところ、これが原告にとつて事後的に回復不能の重大な損害となるおそれがある等の特段の事情は認められない。

以上のとおりであるから、本件訴訟には、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情は、認めることができない。

三  よつて、本件訴えは、不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷水央 裁判官 大島隆明 裁判官 岡田健)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例